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| ジャジーなサラ・マクラクラン、ファンキーなノラ・ジョーンズ、ってのが売り文句。ううむ。 |
2月16日(月)ブルーノート東京
先週土曜日、新木場にあるスタジオ・コーストにデス・キャブ・フォー・キューティを観に行った帰り、新木場駅で地図を広げて頭をひねっているヤマガタさん一行を見かけた。今日、そのことをレコ社の人に伝えると、「そうそう、行きたいなら電車で行きなさい」って言ったんですよ、とのお言葉。もしや彼ら、帰り方が分からなくて迷ってた!? 助けてあげるべきだった!? ごめんね、山形さん。
さて、ライヴ。
東京公演初日の2回目(21時半スタート)。
前座のケヴィン・ディヴァインはレイチェルのバック・メンバーだというが、ソロで歌と演奏を披露できるレベルには達していない。聴いていると苦しくなるほど、声を限りに張り上げる。ギター・プレイにもつたなさが残る。弾き語り、というもの自体に慣れていないように見えてしまう。30分程度のステージだったが、それでも長く感じられてしまうのだから、要練習だろう。
そしてレイチェル。果たしてこのライヴ会場に、レイチェル・ヤマガタ・ファンは、レイチェルの歌を楽しみに足を運んだ人はどれくらいいたのだろうか。アンコール含めて1時間強のステージは、あっさりと進行し終わった。チェロ奏者を含めたバンドは5人。けれど、強弱はつけられるが、どうにも繊細さに欠ける演奏はいただけない。
レイチェルの魅力は、一見感情過多に陥りそうなところを踏みとどまることのできる冷静さであり、その冷静さとは裏腹に内でほとばしる熱い感情の吐露だ。某作家のヒット作に「冷静と情熱の間」というのがあったが、彼女の歌はまさにその間に息づいているようである。が!! この環境、この演奏時間で、それを存分に堪能できたかといえば、否。本国では2枚組というヴォリュームで発売された最新作を聴くに、今の彼女には歌いたいことが山とあるはずだ。今夜はそのうち何パーセントを聴かせてもらえたのだろう。終始盛り上がらない場内、中には「ブルーノートらしからぬ音」に明らかに戸惑っている観客も見受けられた。なんだかなぁ。レイチェルとリスナーは、もっともっと親密な空間を作れるはずなのに。そう思い続けて終わってしまった。不完全燃焼。
蛇足ながら。マーチャンダイズのTシャツ見たら、「山形」と漢字で書かれていた。これ、どうなのよ!?