HOME > Interviews > THE FEELING/ザ・フィーリング(2006)

Interviews

THE FEELING ザ・フィーリング



 2006年夏、久々に「王道ブリット・ポップ」にはまった。いいや、ブリット・ポップだけではない、ありとあらゆる“ポップ”の要素を彼らは持ち得ている。その名はザ・フィーリング。デビュー・アルバム『ザ・フィーリング(原題:TWELVE STOPS AND HOME)』は全英チャート初登場2位を記録し、各地フェスティバルでも絶賛を浴びた彼ら。決して若くはない。けれど、その分、短くないキャリアに裏打ちされたスキルがあり、そのスキルがポップ職人の“技”に活きている。実際、初来日ライヴとなったサマー・ソニック06のステージでも、その安定した演奏力とステージングは他の新人勢より頭ひとつ抜きん出ていた。
 ここにお届けするのは、日本デビュー前の7月に行なわれた電話インタビューである。応えてくれたのはフロントマンのダン・ギレスピー・セルズ。ダン自身の生い立ちからザ・フィーリングの結成〜デビューまでを完全網羅したロング・インタビューをお楽しみ下さい。

インタビュー
神様は音楽以外の才能は全部持って帰っちゃったよ!(笑)
まあ、これでいいんだと思う。
他に取り柄がなくても、本当に音楽が好きだから、
続けていられるだけ幸せだよ。

今日は楽しみにしていました。忙しい中、どうもありがとうございます。
ダン:僕も楽しみにしていたよ。

いよいよ日本でもアルバムが発売されますね。どうですか?
ダン:いや、ほんとにマジに嬉しいんだ。すごくエキサイティングだよ。

来日も楽しみですね。
ダン:みんなに言ってるんだけど、今年はいろんなところでいろんなフェスに出るだろう? でもその中で一番楽しみなのは日本のフェスだって。ほんとだよ! 全く違う文化圏に行けるんだ。楽しみにならないはずがないよ。

ただし、めちゃくちゃ暑いですよ!
ダン:うん、それは人づてに聞いてる。すごーく汗かくんだろうな。特に僕らの場合はちゃんとスーツを着て、おしゃれな格好でステージに上がるからね。死んじゃうかも!(笑)

大丈夫。みんなで一緒です!
ダン:はは! たしかに! ちょっと夏用の衣装を考えようかなって思ってるんだ。さすがに死んじゃったら困るからね(笑)。去年フェスに出たバンドから、いかに日本が楽しいかって話をいっぱい聞いてるから、待ち遠しいよ。ここだけの話、アメリカよりずっと日本の方が楽しみ! アメリカ人には言わないでね!(笑)

了解です!それではまず、あなたのバックグラウンドを少しお訊きします。あなたはロンドン出身なんですよね?
ダン:北ロンドンのトッテナム生まれだよ。僕はずーっとロンドナーなんだ。で、他の連中はみんなサセックス州の南の方、ブライトンに行く途中のちっちゃな町の出身(笑)。出会ったのは、ロンドンの南にあるクロイドンという町にあるカレッジでなんだ。もう長い付き合いだよ。もちろん、兄弟は一番長いけどね! 彼らが11歳ぐらいの時にドラマーのポールと友達になって、僕がみんなと知り合ったのは16の時。かれこれ10年になるね。


それって、普通の学校じゃないですよね?
ダン:いわゆるパフォーミング・アーツの学校で、ミュージシャンになりたい連中がいっぱいいた。学校としてはパフォーマンスとかそういうものを教えようとしていたんだけど、そういうのって結局教えられるもんじゃないでしょ。僕としては企画倒れだったと思うんだけど(笑)、ただ、似たようなマインドを持った子供たちがたくさんいたことはよかったと思うし、何よりも、今のバンド・メイトに出会えたんだから、そういった意味では大成功だよ。

みなさん、おいくつなんですか?
ダン:25歳から27歳の間。僕が27で、最年長がケヴィン。僕は二番目だ。

幼い頃から音楽好きだったんですか?
ダン:うん、ずっとね。家の誰かがミュージシャンだとかそんなのはなにもないんだけど、家族全員が音楽ファンで、常に音楽を聴いていた。僕は覚えてないんだけど、どうやら5歳の時に「ピアノが欲しい」と言い出したらしいんだ。でも買ってもらえなかったから、その後1年間、しつこく「ピアノピアノ」って言い続けた。そしたら6歳の時、母親が観念して買ってくれた。それ以来、ずっと何らかの形で音楽とつながってきたよ。

子供の頃の夢は科学者とか医者じゃなかったんですね?
ダン:違うよ。いまだにそうだけど、僕はあまり取り柄がないんだ。

神様は、音楽の才能という贈り物をしてくれたじゃないですか。
ダン:たしかにね。でも神様は他の才能は全部持って帰っちゃったよ!(笑)まあ、これでいいんだと思う。他に取り柄がなくても、本当に音楽が好きだから、続けていられるだけ幸せだよ。

小さい頃、憧れていたポップスターやバンドはいました?
ダン:デヴィッド・ボウイが大好きだった。特に『ジギー・スターダスト』の頃が。あとエルトン・ジョンも。『GOODBYE YELLOW BRICK ROAD』はすごくよかったよ。エルトンがどんな人かもぜんぜん知らなかったんだけど、アルバム・ジャケットを見て、なんとなく憧れていたんだ。だいたい72年頃から78年ぐらいの音楽が好きなんだ。

頭の中で「いつか自分も」って思ってたところがあったんですね。
ダン:うん、いつかは音楽で食っていきたいと思ってたよ。ただ、それがレコード契約だとかそういうものを意味してるとは全然わかってなくて、ずっとピアノを弾いていたから、漠然と「ピアノ弾きになるのかなあ〜」なんて思ってた。


生まれて初めて歌ったのがアルプスだったんだよ。
スキー・リゾートのバーとかで、週に10回ぐらいライヴやってた。


ギターはいつから?
ダン:10歳の時。考えてみれば、僕は一度も音楽以外で稼いだことがないんだ。16歳でカレッジを卒業して以来、ずっと音楽で生活してきた。他のメンバーもそうだけど、僕らはいろんな形で音楽に関わってきたんだよ。バンド以外にもセッションとかね。

ずっとこの5人でやってたわけじゃないんですね?
ダン:一人一人違うバンドをやっていたんだけど、おもしろいことに、どのバンドにも、今の5人のうち誰かが必ず一人か二人いたんだ。つまり僕とリチャードが一緒だった時もあれば、ポールと一緒だったこともあるってかんじ。要するに、一つの大きなコミュニティがあって、その中でメンバーのスワッピングが行なわれていたようなだもんだね! 時にはシンガーのバック・バンドをやっていたこともあるし、形式は問わなかったよ。でも、音楽で飯を食っていくとなると、同時進行で5つとか6つの仕事を受けなければならなくて、場合によっては一つの仕事を何人かでシェアしたり、都合の悪い時は誰かに代わってもらったり、すごく柔軟にやっていたんだ。

その中で、最終的にこの5人が一つのバンドに落ち着いた決め手は何だったんですか?
ダン:いろんな人と仕事をしてみたところ、気の合う人とそうでない人、音楽性が合う人と合わない人とが見えてきて、その中で特にうまくいったのがこの5人だったんだ。でも最初はお遊びプロジェクトだったんだよ。最初の頃はまだ各自がいろんな仕事を抱えていて、週末はイヴェントとかギグとかで忙しかった。でも、時々週中にふと時間が空くことがあって、僕はすでにオリジナル曲を書き始めていたから、それだったらスタジオに入って録ってみようかってことになったんだ。で、しばらく一緒にやってるうちに、他のどんなプロジェクトよりも、この5人でやる音楽が一番大事に思えるようになってきた。最初に作ったのは「フィル・マイ・リトル・ワールド」、「ケトルズ・オン」、「ソーン」、「ストレンジ」の4曲だったんだけど、レコーディングをした直後から、これらの曲がすごくいいってみんなで確信したんだ。だからそのままバンドを真剣に続けることにして、レコード契約もゲットして、あとは見ての通りさ。

契約前にアルプスの麓で演奏してたという話も聞きましたけれど…。
ダン:そうなんだ。別にそれをキャリアの助けにしようとかそういんじゃなくて、当時、たくさんギグをやるには少し遠くまで行かなければダメだったし、場所がら楽しくて、遊び半分っていうところはあったよ。ちょうど、タイミング的に、それぞれの仕事が何となくうまくいかなくなってた時期でちょうどよかったしね。あと、僕としては、生まれて初めて歌ったのがアルプスだったんだよ。スキー・リゾートのバーとかで、週に10回ぐらいライヴやってた。ロンドンじゃ決してそんな数は無理だったからね。しかも、どのギグもけっこういっぱい人が来てくれてるんだ。ゲレンデのスロープの途中にステージがあった時は、山を滑り降りてきて、スキー道具を持ったまま観に来るんだ。だいたい午後5時から7時ぐらいまでやって、今度は下界の町におりていって、また11時から深夜1時まで演奏する。で、昼間は僕らもスノボで遊んで、パーティもいっぱいやって、ひたすら楽しかったよ。でも楽しいだけでなく、1日2回ずつライヴをやってれば、お互いのこともすごくよく知ることができた。最高の経験だったね。多分、自分たちが気付かないまま、本当にいろんなことを学んでいたと思うよ。

ちなみにどんなカヴァー曲を?
ダン:最初は安全パイで(ローリング・)ストーンズとかビートルズとかビーチ・ボーイズとかキンクスとかやってた。でもだんだん飽きてきて、お客さんも違うものを聴きたがったから、バングルスとかa-haとかヴァン・ヘイレンとかバグルズとか80ユsものを中心にやってたよ。そういうロック・バンドらしからぬ曲を演奏すると、ものすごくウケるんだ。ブリトニー(・スピアーズ)のロック・ヴァージョンとかもやってたよ。しまいにはアルプス界隈でけっこう有名な存在になっててね。わりと長いことツアーしてたんだ。

その頃からザ・フィーリングという名前だったんですか?
ダン:違うよ。当時はSUPERFLYって名前だったんだ。なぜなら、ケヴィンとポールとキアランが、アルプスに行く直前、あるテレビ番組のハウス・バンドの仕事をやっていて、それがSUPERFLYという名前だったんだ。UKでは有名だったんだよ。LLクールJとか、ゲストのバック・バンドをやるんだ。だからちゃっかりその名前を使わせてもらってた。本当は違うんだけどさ(笑)。ただまあ、まだSUPERFLYと名乗っていた頃は、まさか自分たちがこうしてキャリアとして一緒に続けていくとは思ってもいなかったね。さっきも言ったように遊び半分だったから。でも家に帰ってきて、さっき言ったオリジナル曲をレコーディングして初めて、しっくり来るものを感じたんだ。それがザ・フィーリングの出発点と言えるよ。さっきいった4曲のあとに「ラヴ・イット・ホエン・ユー・コール」あたりを作ったんだけど、特に時間は定めないで、アイディアが浮かんだら納屋だろうとベッドルームだろうとバスルームだろうと使ってレコーディングして曲をためていったんだ。それが3年ほど前の話で、アルバムの大半は契約を取る前にできていた。もちろんミキシングはプロの手にまかせる必要があったけど、曲の基本とかアレンジとかは当時のままだよ。最初にUKで「フィル・マイ・リトル・ワールド」をリリースした時には、僕らのヴァージョンをそのまま使ったんだ。アルバム・ヴァージョンは違うけど、実際はほとんど差なんかわかんない!(笑)


カイザー・チーフスなんか、ばりばりのポップじゃん!
だけど、巷では“インディ・オルタナティヴ”って言われてるんだぜ!へんなの。


なるほど。アルバム・タイトルの“12 STOPS”の部分は、ここにある12曲という意味で使っているんですか?
ダン:うん、それもあるよ。もともとは「ブルー・ピカデリー」の中に“12stops and home”という歌詞があって、そこからとっているんだ。ロンドンの地下鉄にピカデリー・ラインというのがあるんだけど、それは地図上では青い線で記されている。でも僕は、気分のブルーという意味も込めてブルー・ピカデリーと呼んでいるんだ。僕は一時期レスター・スクエアで働いていた。そして、家のある駅はそこから12駅目で、しょっちゅうブルーな気分で乗っていたんだ。でもいろんな思い出の詰まった12駅の旅だったから、それを歌にしてみたかった。で、あとから、アルバムの収録曲が12曲だということに気付いて、しかもアルバムって一種の旅だからぴったりだと思ったんだよね。

サウンド面は本当によりどりみどりで、とても幅広いのですが…
ダン:最初からeclectic(折衷的)な音にしたかったんだ。だって、アルバムの最初から最後まで同じような音じゃ退屈しちゃうだろ? 今も言ったように、アルバムとは旅なんだ。旅とは様々なムードによって成り立つ。だったらアルバムもそうでなきゃ。僕が昔好きだった『GOODBYE YELLOW BRICK ROAD』もそうだし、極端な例ではクイーンのアルバムがそうだよ。速い曲、ゆったりした曲、悲しい曲、楽しい曲、ヘヴィ・ロックにディスコにジャズ…何でもアリだった。いい曲でありさえすれば、あとは何をやってもいいぐらいの気持ちでなきゃダメだよ。そうでなきゃ聴き手と同じくらい僕らも退屈してしまう。

確かに、聴くたびに発見がありますよ。それが楽しい。
ダン:ありがとう。これは3年もかけて作ったアルバムだから、僕らの愛情がたっぷり込められている。だから、思ってる以上にディテイルもあって、豊かなアルバムだと思うよ。最近ではinstant(即席)な音楽が氾濫してるよね。でもそこにはキャッチーという利点もあって、僕らは、そのキャッチーさとディテイルの豊かさとをうまく共存させることができたと思う。それってすごく大事なことだと思うんだ。世の中は両極端で、一方ではキャッチーさばかりが目立って、ちっとも豊かじゃない音楽があって、もう一方では、やたらディテイルにばかりこだわって、とっつきにくい音楽がある。でも僕が昔から好きで聴いているものは、ものすごくキャッチーなのに、何度聴いても飽きないディープなものなんだ。だから僕らも、瞬間的なんだけど長続きするという、ちょっと聞いたら矛盾しているような音楽を目指したかった。それこそ、僕が「ポップ・ミュージック」と呼ぶものだよ。もちろん僕らの音楽はポップ・ミュージックだ。誇りを持ってそう言えるよ。

ザ・フィーリングの音楽にそれ以外のレッテルは似合わない、と。
ダン:そうだね。だいたい、最近は何でもかんでもインディ、インディって嫌になるよ。オルタナ、オルタナって、いったい何のオルタナ?って訊きたいね。メインがあってオルタナだろ? けど最近じゃどこに行ってもオルタナだ。日本の事情はわからないけど、少なくともロンドンじゃ、どこもかしこもオルタナのオンパレード! いったい何の“代替”なわけ? インディがメインストリームってことになっているんだろうけど、今のUKインディ・シーンはメジャー・レーベル主導によるインディなわけだからね。魂のない、ふぬけシーンだと僕は思うよ。だから、ザ・フィーリングは最初から胸を張って「俺たちゃポップ・バンド」って言ってるんだ。人によっては「バカじゃないの? 今はインディの時代だぜ」って言うけど、別に他人が何をやってようと、僕らには関係ないからさ。僕らはポップ・ミュージックをやるポップ・バンド。心の底から大好きな音楽を正直に表現しているだけ。プリティでメロディック。アヴァンギャルドなこともしてないし、世の中に向かって怒ってもいない。でもそれでいいと思うけどね。

ポップ・ミュージックこそが、イギリスの伝統をくむ音楽だとも言えますからね。
ダン:その通りだよ。ビートルズもスーパートランプも、偉大なポップ・バンドの多くはイギリス人だし、最近ではブラーだって最高のブリット・ポップ・バンドだ。だからもっと誇りを持とうよって言いたいね。でも、何だか知らないけど、みんな心のどこかでポップを好きになっちゃいけないって気持ちがあるらしいんだよね。それって絶対に間違ってるよ。ポップはグレイト。ポップは重要。それにさ、はっきり言うけど、今のいわゆるインディ・バンドのやってることって、全部ポップ・ミュージックじゃん! 誰も認めようとしないけどさ!(笑)カイザー・チーフスなんか、ばりばりのポップじゃん! だけど、巷では“インディ・オルタナティヴ”って言われてるんだぜ! へんなの。

最近のUKバンドで共感できる人やバンドはいますか?
ダン:う〜ん、どうかなあ……あまりいないなあ。少なくとも、大成功したバンドの中にはいないよ。だってみんな「we are cool!」って顔してるんだもん。僕らはちっともクールじゃないからさ。もちろん、好きなバンドもたくさんいるよ。でもちょっとどこか作り物っぽい気がしてさ。僕らはどちらかというとcoolよりnerdなんだ!(笑)ちょっと音楽オタクっぽいところがある。だから、クールでトレンディなところに入るとすごく居心地が悪いんだ。セレブのコネもないしさ!(笑) ただ、コールドプレイやキーンは好きだし、シザー・シスターズも好きだよ。でも、共感という点から言えば、たとえばアクアラングあたりがいいかな。彼らの、ロウ・ファイなビーチ・ボーイズっぽい雰囲気がとても好きだし、飾りっけのないところがいいね。あとはエルボーとかも。でも僕はどちらかというとバンドやアーティスト単位より、曲単位で好きになることの方が多いね。PINK!の曲も好きだし、クリスティーナ(・アギレラ)だってブリトニーだって、曲さえよければ誰だっていいんだ。


ビーチ・ボーイズもビートルズも大好きだもん!(笑)
この二つとカーペンターズが好きな人間にとって、ヴォーカル・ハーモニーは必要不可欠だよ。


よくわかりました。ちょっと話は戻りますが、このアルバムは、セルフ・プロデュースなんですか?
ダン:そうだよ。さっきも言ったように、アルバムの大半は契約前にできていたからさ。実はプロデューサーも試してみたんだよね。契約を結んだあとで、何曲かアンディ・グリーンと共同プロデュースしたんだ。でも、いくつかハーモニーを付けたりレイヤーを加えたりはしたけど、実際はほとんど手を加える必要がなかった。もうすでに僕らのサウンドが確立されていたからさ。僕らにはどんな音にしたいかっていう明確なヴィジョンがあったし、すでに5人分の意見が豊富にあるのに、それ以上の意見はいらなかったんだ。

そのヴィジョンとは? 具体的に教えて頂けますか?
ダン:大きなヴィジョンというより、要するに、一つ一つの楽器がどういう音に響いてもらいたいかとか、サウンド面でのヴィジョンだよ。それは各自、最初からわかっていたんだ。だからプロデューサーは必要なかったけど、逆に優秀なエンジニアは絶対に必要だった。スパイク・ステントの存在は大きいよ。彼がいてくれたから、僕らの思い描いていた音が形になっていったんだ。命を吹き込まれたといってもいいかな。もう1人、クリス・ポッターもミキシングに関わってくれた。スパイクとクリスには大拍手だね。本当にいい仕事をしてくれたと思うよ。

ひとつ、トレードマークといってもいいのが大きなヴォーカル・ハーモニーですが、これもザ・フィーリングの音楽には不可欠なものですよね?
ダン:うん、だってビーチ・ボーイズもビートルズも大好きだもん!(笑)この二つとカーペンターズが好きな人間にとって、ヴォーカル・ハーモニーは必要不可欠だよ。メンバー5人中4人が歌えるからステージでも再現できるし、それならアルバムにも入れようって決めたんだ。

個人的に、特に気に入ってる曲はありますか?
ダン:う〜ん、しょっちゅう変わるけど、とても誇りに思っている曲があって、それはアルバムの最後に隠しトラックとして入っている「ミス・ユー」という曲なんだ。ストリングスが入ってるヴァージョンと入ってないヴァージョンがあるんだけど、このシンプルなバラードが実は一番誇りに思える。シンプル・イズ・ベストの典型かな。

なるほど。逆にシンプルじゃないのがアートワークなんですが、日常のものがいっぱい描かれてますね。通勤とか通学に必要なものなど。
ダン:ランダムに選んだ物なんだけど、見れば見るほど新しい発見があると思うよ。フロントだけじゃなくて、全体を広げてみてみると、地下鉄が遠くに向かって走ってるようになっていたり、地下鉄の窓の中にデッキチェアとかが見えたり、ディテイルが面白いと思う。デザイナーにいろんな物体を渡して、全部一緒くたにしたらどんな風になるかやってみよう、って言ったらこんな風になったんだ!多くは、歌詞に出てくるものと繋がっている。それをひも解いていくのも面白いかもね。あと、後ろ側には、最近の僕らの写真をコラージュしたものを載せてある。やっぱりどんな顔してるか知って欲しいからね!(笑)

歌詞は主に実体験から来ているのですか?
ダン:そうだよ。過去に起きたことが基になってる。読み手は落ち込むかも。世界一ハッピーな歌詞とはとても言えないからね。中にはハッピーなものもあるけど、多くは悲しいよ。でもポップ・ソングにメランコリーはつき物だろう?

先ほどの「ブルー・ピカデリー」以外で、話しておきたい内容の歌詞はありますか?
ダン:正直、歌詞について分析するのは嫌なんだ。僕はただ、心に浮かんだ言葉を書き留めているだけだから。でもその中で難しいのは、いかに意味があって深いことを言いながらも親しみやすくするかってことだと思う。つまりバランスの問題。どちらか一方に偏ったら面白くなくなるし、共感できなくなるよ。バンドによっては必要以上に抽象的で難解な歌詞を書いてクールだってところを見せようとしたり、一方ではあまりにストレートすぎて、まるでカウンセラーみたいな歌詞になってしまったりするけど、僕はその中間というか、バランスを大事にしたいと思ってる。時には苦労するけど、作業として作詞は楽しくて好きだよ。

今日は色々な定義が出てきましたが、そのすべてがあなたの考える「いい曲」の定義ですか?
ダン:うん、それは正しいと思うよ。

ありがとうございました! 最後に、サマソニのライヴを楽しみにしている人たちに、どんなライヴになるかアピールしてください。
ダン:GOODなライヴ! 多分、みんなが思ってるよりロックだと思うよ。すごくエネルギッシュだし、飛んだり跳ねたりだし、楽しいこと間違いなし!

わかりました。今日はありがとう。8月に会いましょう!
ダン:絶対だよ!
THE FEELING ザ・フィーリング
pic by Yoshika Horita


ページTOPへ
From USA
From UK
The Other

ザ・フィーリング/Twelve Stops And Home
(c) 2006 Island Records All rights reserved

『ザ・フィーリングTwelve Stops And Home』<CD>UICI-9014
ユニバーサルミュージック
より発売中!