2007年10月31日、ハロウィーンの夜にニューヨークでライアン・アダムス&ザ・カーディナルズのライヴを観るのは、なんだかとても特別なことのように思えた。それは別に、ライアンの最新作『イージー・タイガー』に「ハロウィーン・ヘッド」という曲が収録されていることだけが理由ではなく、悪霊を追い払うために恐ろしい仮装をするというハロウィーンのコンセプト(だからカボチャで作るジャック・オ・ランタンの顔は怒ってる!)が、ライアンにはお似合いな気がしたからだ。不吉なんだか、楽しいんだか、よくわからない感じ、というか…。
ともあれ、私は友人とマンハッタンの34丁目にあるハマースタイン・ボールルームへ出かけた。数ブロック先のマジソン・スクエア・ガーデンでは再結成ポリスがライヴを行なっていた。 開演の約1時間前に到着した私たちは、最前列(と言ってもステージに向かって右の隅っこ)をゲット。今夜は前座もないようだし、あとはライアン&ザ・カーディナルズの登場を待つのみ、だ。場内には、仮装をした人もチラホラ。スラッシュ(GNR〜ヴェルヴェット・リヴォルヴァー)の仮装をした人は、よく似てた。 男所帯になってからのカーディナルズを観るのは、この日が初めてだったが、ライアンは実に居心地がよさそうに演奏し歌っている。かつて、ステージ上で赤ワインのボトルをラッパ飲みし、ろれつも回らなければ、足は千鳥足になっていた頃が嘘のように、すっきりとした出で立ちだ。チェーンで吸っていた煙草も、最後まで見ることはなかった。 ライアンのライヴは宝くじのようなもので、当たれば大きいけど、はずれれば散々な目に遭ってしまう、というのがファンの間では常識になっていた。けれど私はハラハラドキドキしながら、緊張感たっぷりのステージで彼が見せる才能のほとばしりを感じるのが好きだったから、はずれを引いてしまっても仕方ないと諦めていた。 ところが。恐らく、今のライアンに、ステージの出来として多少のよし悪しはあったとしても、当たりとハズレというほど大きな差はないだろう。今の彼は数年前の彼とは、違う。その落ち着いた佇まいは、どうだろう。キリキリとした繊細さは見せず、大きく構えている、といった印象だ。ザ・カーディナルズに全幅の信頼を寄せ、だからこそ自分は自由にパフォーマンスに専念できるのだ、という喜びが身体全体から発せられているようにすら思えた。 休憩を挟んで2セット、のべにしたら2時間以上に及ぶステージ。声の艶と張りにも申し分はなく、ニール・カサールとのデュエットは完璧だ。このふたり、思った以上に声の相性がいい。アルバムでは女性シンガーをフィーチュアしている曲でも、ニールが見事なサポートをしてくれる。 シラフになってつまらなくなっちゃった、なんてことになっていたらどうしよう、などという私の心配は取り越し苦労に終わった。安定感申し分なし、ちょっとやそっとライアンが暴走したり、横道にそれたところで慌てふためかない余裕が、カーディナルズにはあり、ライアンもそれを承知なのだ。 バンドとして鳴らす音の一体感、音楽人同士が交わって生み出すご機嫌なケミストリーがステージをすっぽり覆っているかのようで、観ているこっちもライアンに負けず劣らず心地よかった。 ハロウィーンらしい趣向は何もなかったけれど、それもまたライアンらしいと言えるかもしれない。結構、天の邪鬼なのだ、この男は。 |
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