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2008年が明けると早々にニールがやって来る。今回で5度目となる来日公演。
今や、ライアン・アダムス&ザ・カーディナルスのギタリストとしてもなくてはならない存在になっているニールだがいつものようにここまで来て、素敵な歌を聴かせてくれる、その事実がまずは何よりも嬉しい。そして、来日に前後して写真家としても活躍するニールの作品に触れる機会も、設けられた。ニールのふたつの世界に触れて、わたしたちは、何を感じるだろう?
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ニール・カサール 来日決定スペシャル・インタビュー
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| 今でもフロントマンをやるのは、自分ではあまりサマになってない気がするけど自分の書いた曲に対する奉仕のつもりでやってるんだ。 |
あなたはニュージャージーで生まれ、子供の頃は全米各地を転々としたようですが、そうした経験は現在の自分を形成するのに何かしらの影響を与えていると思いますか?
「成長期に色々なところを転々とした経験は、間違いなく僕が大人になる上での人格形成に影響を及ぼしたと思うよ、良い意味でも悪い意味でもね。とりあえず良かったことと言えば、それだけ各地を転々としなければ、僕はミュージシャンになることもなかっただろうってことだな」
子供の頃の音楽にまつわる思い出があったら、教えてください。初めて大好きになったバンドやミュージシャン、感動したライヴ、初めての自作曲やバンドなど、なんでも結構です。
「僕の音楽の世界での最初のヒーローは、ローリング・ストーンズだね。9歳の時に『ギミー・シェルター』を深夜TVで観て、そこを境に僕の人生は一変したんだ。初めて行ったコンサートは、1983年10月7日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンのアイアン・メイデンとクワイエット・ライオットだよ。僕は14歳で、あんな凄いものを観たのは生まれて初めてだった。まるで別の星に行ったみたいな気分だったね。あんなサウンドを出す人たちがいるなんて信じられなかったし、あんな格好をしてる人たちが実際にいるなんて信じられなかったし、あんな風にして生きてる人たちがいるのも信じられなかった。僕はすっかりブッ飛んじゃって、その時からロックン・ロールに取り憑かれて今に至るんだ」
高校時代はヘヴィ・メタル・バンドを組んでいたこともあるそうですが、当時好きだったのはどんなバンドですか?
「僕が好きだったのはブラック・サバス、アイアン・メイデン、ジューダス・プリースト、スレイヤー、メタリカ、ディープ・パープルなんてところだけど、一番好きだったのはAC/DCだね」
プロのミュージシャンになろう、と決めたのはいつ頃のことですか?
「12歳でローリング・ストーンズの“メインストリートのならず者”を聴いた時だね」
90年代初頭にはBlackfoot に協力していますが、その頃から自分はソロのシンガー・ソングライターとしてやっていこうという決意があったのですか? これまでに自分がフロントに立つバンドを組んでみようと思ったことは、なかったですか?
「自分で音楽をプレイするようになって間もない頃は、単純にキース・リチャーズやフレディ・ストーンみたいなリズム・ギタリストになりたかっただけなんだけど、成長するにつれて自分で歌ったり曲を書いたりするようになったから、フロントマン/シンガーをやることは半ば必然だった。今でもフロントマンをやるのは自分ではあまりサマになってない気がするけど、自分の書いた曲に対する奉仕のつもりでやってるんだ」
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昔のレコードも悪くないと思ってるけど、今の僕は当時に比べたら
ソングライターとしても、シンガーとしても、ミュージシャンとしても成長したと思う。 |
現在は、Ryan Adams & The
Cardinalsの一員でもありますが、The Cardinalsに加入することに抵抗はなかったですか? しかも、当時のRyanは音楽的な評価こそ高いものの、その言動に対して必ずしもいい評判がたっていなかったと思うのです。そういうトラブルメーカーと一緒にやろうと決心できた「決め手」は何ですか?
「ライアンは本当に素晴らしいソングライターだし、恐ろしく才能豊かなミュージシャンだよ、僕に言わせれば世界屈指のね。彼とはウィスキータウンにいた時からの友人だから、どういう人間かってこともよく知ってたんだよ。トラブルに関しては関知しないことにしてるんだ。僕は、とにかく曲と音楽だけしか目に入ってない。多分そういう風だからやって来られてるんじゃないかな。と言うか、ロックン・ロールとトラブルっていうのは昔から常に切っても切れない間柄だからね、別にどうってことはないよ」
The Cardinalsでの活動は、シンガー・ソングライターとしてのニール・カサールにどのような影響を与えていると思いますか? あくまでも私見ですが、最新作『No
Wish To Reminisce』はこれまでになくバンド・サウンドを意識しているように思えたので、もしやこれもThe Cardinalsの影響かな、と思ったのですが、どうでしょう?
「「『No Wish〜』は僕がカーディナルスに入った時にはほぼ完成していたから、そのことがアルバムのサウンドに反映されたってことは特にないと思う。ただ、バンドに加入してから、ライアンのソングライティングに刺激を受けたところはあると思うね。単純に彼がもの凄く多産で、どんどん良い曲を書き上げていってるっていう事実が、僕ももっと沢山、もっと良い曲を書いて、もっといいレコードを作らなきゃって気持ちにさせてくれるんだ。カーディナルスで彼のそばにいられること自体が、僕にとっては凄いインスピレーションの源になってるよ」
『No Wish To Reminisce』に関しては、メロディの冴えと高揚感が印象的だったのですが、この作品であなたが表現したかったこと、成し遂げたかったことはどんなことで、それは達成できたと思いますか?
「僕はとにかくメロディ、サウンド、音楽性のすべてに関して、これまで自分が作ってきたどのアルバムより良い作品を作りたかったんだ。昔のレコードも結構悪くない出来だと思ってるんだけど、今の僕はその当時に比べたらソングライターとしても、シンガーとしても、ミュージシャンとしても一段と成長したと思うから、今回のアルバムにはそこのところを反映させたかった」
『No Wish To Reminisce』制作当時、あなたが歌詞を書くにあたってインスピレーションを受けていた感情、出来事、物語…は何でしたか?
「ニューヨークからカリフォルニアに移ったこと、離婚にまつわるあれやこれや、父と数人の友人たちが短い間に立て続けに亡くなったこと……それから海だね」
これまでに多くの人とコラボレーションしてきて、昨年リリースされたウィリー・ネルソンの作品にも参加しましたね。そうしたコラボレーションの中で、特にあなたに刺激を大きく与えたものがあったら教えてください。
「ウィリー・ネルソンのそばで一緒に仕事をするっていうのは、僕にとってはここ数年自分の経験した状況の中でも断トツに、とてつもなく胸躍る出来事だったよ。もの凄く刺激的だったし、沢山のことを学んだ。それ以外の大きな刺激と言えば、やっぱりカーディナルスだね。レコーディングでもライヴを演ってても、とにかくグレイトなバンドなんだよ。僕は彼らと一緒にプレイするようになってから随分成長したと思う。でも、一番大きかったのは多分プロデューサーのマイク・デミングとの仕事(Pernice
Brothers, Beachwood Sparks, Silver Jaws, Lily's)だったんじゃないかな。マイクは『No Wish〜』を作っていく過程で、文字通り僕の人生を変えてしまったんだよ。彼は実に才能豊かなプロデューサーであり、エンジニアであり、ミュージシャンでありアレンジャーでもある。彼からは他の誰よりも強力に触発されたよ」
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| 僕が写真を撮るのは、目にしたものすべてを曲にすることは出来ないからそう、写真は僕が書くことのできない曲なんだ |
95年に最初のアルバムをリリースして早10年以上のキャリアを重ねてきたわけですが、あなたが思い描く、あるいはあなたが目指している<理想のシンガー・ソングライター/ミュージシャン像>とは、どういうものなのでしょうか?
「年齢を重ねた分だけ発展、向上していくこと、決して劣化したり退化したりしないこと。バンドやアーティストによってはごく若いうちにピークを迎えてしまう人たちもいるけど、僕の目標はもっと年を取ってからピークを迎えることなんだ」
06年末のライヴでは、私も存分にあなたの演奏と音楽を楽しませてもらいました。曲によってピアノとギターを使い分けていましたが、曲作りをする時も、両方使い分けているのですか? あなたにとってギターとピアノには、役割にどんな違いがありますか?
「僕は、正直どんな楽器に関しても特に違いを感じたことはないな。僕の楽器に対するアプローチは常に同じ、“限られた音の中で最大限自分の伝えたいことを伝える”っていう目的に基づいているんだ」
例えばかつてPaul Westerbergは、「ピアノで曲を書くと自分らしくなくなるから、あえてそれをしたい時にピアノを使う」と話していましたが、あなたにはこういう感覚がないのですね?
「全然ないな。僕はどの楽器でも曲を書くから――ピアノでも、ギターでも、マンドリンでも、時にはベースでもね。それを後からスタジオに入った時に色々アレンジするんだ。僕は曲を書く時には特にルールも法則性も設けてないよ」
あなたが写真を趣味にしていることは熱心なファンならよく知っています。Fountains
Of WayneやJohnathan Riceの作品にはフォトグラファーとしてクレジットされていたりもします。写真はいつ頃始めたのですか? また写真の魅力は? ミュージシャンとフォトグラファーに共通することは、ありますか?
「僕が写真を撮るようになったのは90年代、前のカミさんがSX-70っていう古いポラロイド・カメラをくれたのがきっかけだったんだ。僕らはそのカメラで撮った写真を『The
Sun Rises Here』のアートワークに使ったんだよ。カメラを真剣にやるようになったのはもっと後、30代前半の頃だね。今は写真は僕にとって音楽と同じくらい大切なもので、むしろ殆ど取り憑かれてると言ってもいいね。もはや単なる趣味の域を超えてるよ。僕が写真を撮るのは、自分の目にしたものすべてを曲にすることは出来ないからなんだ。そう、写真は僕が書くことのできない曲なんだ。音楽と写真は僕にとっては同義だよ。その2つは僕の中では全く違いも差もない。両者が互いの養分になっていると言うか……ある意味完璧な補完関係なんだ」
この数年で日本には何度も来てくれて、各地方も訪れていますが、あなたから見た日本の印象、おもしろさ、不思議なところなどを教えてください。
「ああ、日本はとにかく大好きだよ。僕が仲良くしている友人たちが何人もいるし、日本に行くといつも凄くクリエイティヴになれるんだ。日本ではこれまでにもグレイトな曲を何曲も書いたし、最高に満足のいく写真が何点も撮れてる。人も好きだし、食べ物も好きだし、カルチャーも大部分が好きだね。英語の使い方にはいつも笑わされる。それから幾つか不思議なことがあるんだ。例えば、どうして冬にもっと暖房を使わないのか。どうしてあんなにどこもかしこも、あの不快に眩しい白い蛍光灯を使ってる部屋が多いのか。それを除いては、日本は僕にとってはほぼパーフェクトな国だ。ジャパニーズ・フードは世界最高の食べ物だね」
では、あなたにとって、ニューヨークという町はどんな町ですか?。
「ニューヨーク・シティは僕に頭痛をもたらす街だ。僕はあそこへ行くといつもトラブルに巻き込まれるんだよ……」
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ライアンの最新アルバム
RYAN ADAMS
LATEST ALBUM
『イージー・タイガー/EASY TIGER』
<CD>UICM1044 ユニバーサル・ミュージック
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NEAL CASAL LATEST ALBUM
『No Wish To Reminisce』
<CD>GT1008 GOATEE
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