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Interviews

MOUNTAIN GOATS マウンテン・ゴーツ

インタビュー
マウンテン・ゴーツ

 ジョン・ダーニエルによるソロ・プロジェクト的色合いの濃い 。通称、山山羊(ヤマヤギ)!? 現在はピーター・ヒューズとのデュオが定番型になっているが、90年代初頭から様々な編成で活動を行なって来た。そして、デビューから15年近くを経て、ようやく日本でも、この最新作『ゲット・ロンリー』をもって本格的なデビューを果たすことになったのだ。幼い頃、義父に虐待された経験を綴った前作は多くの人の共感を呼ぶことになったが、新作でダーニエルが試みたのは<孤独の探求>だ。どんなに幸せで、人生満たされていると思っても、ふとした瞬間に感じてしまう孤独とは、一体何なのか? そもそも、孤独はどこから来るのか? 終わりはあるのか?そんなことを懸命に考えているダーニエルを笑い飛ばすことなど、誰にもできないはずだ。みんな、同じだから。ツアー中、喉の調子が悪いからと大事をとってメール・インタビューなら、ということで実現した以下のインタビュー。すべての質問に、丁寧かつ真摯に答えてくれたダーニエルに感謝、である。

個人的にヘヴィ・メタルは変わってて神秘的というか、
謎めいた音楽だと思うし、すごい幅が広いんだ。


今はツアーの真っ最中だと思いますが、毎晩楽しんでいますか? 日々同じような生活の繰り返しになりがちなツアー生活において、ストレスをためない、マンネリ化させないための自分なりの策などはありますか?
ツアーは確かにストレスが溜まるし寂しい思いをすることもあるけど、仕事をするのがすごく好きなんだ。音楽を心から愛しているし、いくら長い一日でも演奏し始めたら最高の一日になる。ツアー中妻から離れることがとても嫌で、ちゃんと寝られない。ちょっと言うのは恥ずかしいんだけど、僕は気持ちを落ち着ける特別な石鹸やシャンプーのコレクションを持っているんだよ。いい匂いがして心が落ち着くんだ。あとはインスト系の音楽をヘッドフォンで聴いて、気持ちを集中させてるね。

あなたが記憶している限り、最も古い音楽的な体験といったら、どんなことですか?(幼い頃ラジオから流れて来る曲に感動した、や、テレビでミュージカル映画を観て興奮したなど) 
レコードがとにかく大好きで、子供の頃、常にレコードを自分の小さなステレオでかけて、レコードのスリーブを隅々まで食い入るように見てた。4歳になるかならないかって時に、7インチのレコードを聴きながら曲の終わりがフェイドアウトするのを聴いて、確かハーマンズ・ハーミッツの『No Milk Today』だったと思うんだけど、「(FOを)どうやってやるんだろう?」と疑問に思い、自分なりにその理由を考えてみたんだ。彼らは曲が終わるにつれて自分達が聴こえなくなるまでどんどん静かに演奏していくもんだと思って、すごい訓練しているんだろうな〜と自分なりの結論を出したんだけど、かなり長い間そうだと信じ込んでいたよ。

初めて持った楽器は何で、何歳の頃でしたか? またそのきっかけを覚えていたら教えてください。
父親(注:義父ではなくて自分が5歳の時に他界した父親)からピアノを薦められてレッスンを受けて、しばらくの間はいい生徒だった。でも本当に一番最初の楽器はいろんな色のボタンがついているプラスティックのおもちゃのメロディカだったと思う。いい音を出していたね。綺麗な和音とかも、不協和音であったとしてもそれなりのフィーリングがあって。メロディカは最高の楽器だよね。だって誰でも息を吹き込んでボタンを押すだけでとても感情的な音を出すことができるし。

10代の頃、夢中になって聴いたのはどんな音楽ですか? ヘヴィ・メタルに興味を持っていた時期もあるそうですが。
ダークなテーマのモダンなものをよく聴いていた(モダンと言っても今はモダンとは言えないんだろうけど)。シスターズ・オブ・マーシー、ザ・バースデイ・パーティ、ザ・ストックホルム・モンスターズ、クリスチャン・デスなどの、大きな括りで言うとゴス・ミュージックを聴いていた。あとはクラシックもかなり聴いていた。マーラー、ブラームス、そして特にショパンね。みんなある意味ダークな作曲家ばかりだけど、そういう悲しくて感情的なものが当時は好きで、今も好きだけど今はもっと明るく平和的な音楽も楽しめるようになった。へヴィ・メタルにも興味があってよくそれについて書くこともある。個人的にヘヴィ・メタルは変わってて神秘的というか謎めいた音楽だと思うし、すごい幅が広いんだ。オリジン(Origin)のようなデス・メタルは暴力的でまるでオペラのようなものもあれば、ボリス(Boris)みたいに瞑想的で、早くてうるさいんだけど、その中にも夢見るような感覚があるドリーミーなものもある

自分で音楽を作り始めたのは、いつ頃ですか?
僕が作った最初の音楽はとにかく酷かったね! 11歳の時に作詞をした。同じクラスの女の子に対するラヴ・ソングだった。自分が当時聴いていた音楽に合わせて書いていたんだけど、それを日記としてつけていたんだ。その後高校時代はいろんなバンドに属して、最初のバンドでは僕が歌詞担当でギターのヤツが作曲した。次のバンドはコード進行を自分が担当。そして3つ目のバンドはデュオだったんだけど、自分はベース担当でベース・ラインとメロディと歌詞を書いた。そして数年後最終的にギターを習い始めて、他のバンドの友達がどっかに去ってしまったので、自分ひとりで曲を作るようになって、レコーディングをするようになったんだ。

自分が初めて書いた曲は、何についての曲でしたか?
前の質問で既に答えちゃったけど、ちょっと続きを…。10代の頃に曲を書き始めた自分としては自分のアイドルが書くような曲も書いてみたかったんだ。人が死んだり、愛情不足に苦しむ姿とか、若者が考えるいろんなことについてね。当時ドイツの詩集をよく読んでいたから、歌がすごい濃くて重いイメージになってしまっていた。今は、その歌が決していいとは思っていない。後になって「シンプル」である良さを知って、自分にとって本当に新たな発見となったんだ。


看護士のような仕事をしていると、
皆をつなぐ経験というのをリアルに感じることができるんだ。


あなたが自分の作品をテープでリリースし始めたのは、カリフォルニアの病院の精神科で看護士の仕事をしている頃だと聞いていますが、当時、あなたにとって音楽を作り、リリースするということはどういうことだったと思いますか?
(音楽は)単なる趣味だった。僕は病院の敷地内にある従業員宿舎の小さなアパートの小さな部屋ですんでいた。40年代ぐらいのカリフォルニアの古いビルでね。余暇はすごい孤独で、地元の楽器屋でギターを買って、ギター本のコード表をみながらコードを独学したんだ。でもコードをやるだけじゃ満足できなくて、書き溜めていた詩があったので、それに合わせてごく簡単なコード進行と共に歌っていたんだ。最初はとりあえず暇をつぶすために始めたことだったけど、気がついたらすごい楽しく余暇を過ごす自分がいた。夜も遅くまで起きて、ギターを弾いてそれをテープレコーダーで録音するという、暗闇の中でひとりでこのミステリアスで魔法にかかったような時間を過ごしていたんだ。

しばらくの間はシングルのみのリリースを続け、アルバムを発表するには至りませんでしたが、これは単に、音楽に費やす時間の問題だったのですか? それとも意図的にシングルだけをリリースしていたかったのですか?
当時シングルというフォーマットが自分にとって一番魅力的だったんだ。世界中に7インチファンのコミュニティはあったし、圧縮された(コンパクトに収まる)フォーマットだし、7インチだったらいろんなアイディアを思いつくことができた。ヴィジュアル的にも遊べたし。結局誰かにアルバムを作るように頼まれたので制作しただけで、意図的というよりは自然な成り行きでそうなった。アルバム制作はシングルを作るより時間がかかる。昔は数ヶ月間あれば7インチをリリースすることができたので、個人的には満足ができたね。

看護士として働いていたことが、ミュージシャンとしての音楽作りに影響している部分はありますか?

多少はね。特にあのような仕事をしていると、様々なバックグラウンドを持った人達に会うことができて、皆をつなぐ経験というのをリアルに感じることができるんだ。人生の喜劇とでも言えるけど、本当に小さなもの(きっかけ)が、ある人の人生の全てを元通り戻すことができたり、人間が徐々に壊れていき終いには過去を振り返って取り返しもつかないことに驚いたりとか。人間のあらゆる予想外の展開、また他の人間によって落とし込まれた予想外の展開などを目の当たりにしたから。

看護士の仕事を辞めてミュージシャンに専念するようになったのは、いつ頃で、何かきっかけがあったのでしょうか?
仕事はできるまで続けたけど、結局ツアーが多くなってきてやめなければいけなかった。僕は子供と若者が入っている施設で働いていたんだけど、ツアーや作曲やレコーディングなどで僕のエネルギーをたくさん要求されて、本業の方に使うエネルギーと力がなくなってしまったんだ。特に精神科のような分野で働くには献身的でなければならないし、愛情がないと出来ない仕事なんだ。僕は100%専念できなくなったら仕事を続けたくないと思ったし、患者の子供達に対しても不公平にはしたくなかった。彼らは僕の全てを受けとめる資格はあるし、全てを与えられる人を必要としているから。


曲は空気中に出来上がっているもので、ただ誰かに見つけてもらってボディをつけてもらうのを待っているんだ。

私がマウンテン・ゴーツの存在を知ったのは4〜5年前だったと思います。そして、マウンテン・ゴーツは、好んで人里離れた場所、あるいは大勢の人から隠れた場所で、静かに音楽と向き合っている、という印象を持ち続けて来たのですが、これは間違った認識だったでしょうか?
これについては、なんとなく僕は「二重人格」なんだ。僕は曲をこっそりかくタイプで、いろんなことをプライベートに保ちたいタイプ。でもその反面僕の歌はスタジオで作業しているときとか特に観客の前でライヴしているときに本当に生き生きしてくる。観客が僕の歌にはまった時、ピーターと僕と観客の間で電気回路のような繋がりができて、そこに電流が流れる感覚がある。そういう時は、人が多ければ多いほどいいんだ。

マウンテン・ゴーツは現在の形になるまでにいくつかの形態を経ていますし、今後も恐らくはフレキシブルに形態を変えていくのではないかと思うのですが、どんな形態をとるにせよ、「マウンテン・ゴーツであるからにはこうでありたい」というあなた自身の中の決めごとはありますか?
マウンテン・ゴーツの唯一のポリシーは自分が作る音楽を自分が楽しめること、そして一人でも二人でも他の人の心に響いているようであればいい。その他は自由。以前は、楽器を多くしないこととか、曲はあまり長くしない、とかいろいろ厳しいこだわりがあったんだけど、いい曲をつくるには自然にその楽曲自体に表現などを任せなくちゃね。これは実は微妙で一生かけても習得できないかもしれないけど、曲っていうのは空気中に出来上がっているもので、ただ誰かにそれを見つけてもらってボディをつけてもらうのを待っているんだ。

サウンドに関して、シンプルであることの最大の利点は何だと思いますか?
音的にシンプルな手法をとることによって、それぞれの要素のインパクトが引き立つんだ。もし3つの楽器しかなかったとしたら、ヴォーカルをちゃんと聴くことができる。あとは詩的な要素がある。僕が好きなのはソネット(=14行詩の形式)。ある程度の決まりごと(短くすること、楽器を最小限におさえること)がある方が音楽の空間を、より面白く遊び心あふれたものに出来ると思っているんだ。

あなたが奏でるサウンドは、静寂すらも音楽の一部に変えて聴き手のイマジネーションを喚起できるものだと思います。特にサウンド面に関して、あなたに影響を与えたアーティストがいたら教えてください。
この間(空間)だったり静けさについては「ゲット・ロンリー」をプロデュースしているスコット・ソルターに一番影響を受けた。彼はその静寂を聴き取れるだけでなく、同じ沈黙でもポーズのテンポだったり、何もない空間のリズムとかを聞き分けられる能力を持っている。武満徹のソロ・ピアノ作品集を時間をかけて聴いたこともある。彼はピアニッシモや空間や静寂を上手く使いこなしている。僕はクラシック音楽の作曲家ではないけど、クラシックを聴いて自分が欲しいムードみたいなものを探すこともあるね。

ここへ来て、マウンテン・ゴーツへの注目は高まりつつあり、その大きな理由のひとつに、あなたが書く歌詞への共感ということが挙げられています。あなたが歌詞を書く際、気をつけていること、意識的に行なっていることがあれば教えてください。
肝心なことは歌詞が自然に聴こえるようにすること。リスナーが聴いて、ちょうどそこでその曲が出来あがったと思えるように、曲の形は透明にしたい。これが実は大変なんだ。曲にはある「形」であって…、僕は詩の構成を大いに信じているんでね。でも平面図にその骨組みを隠すように直したりするのが楽しい部分でもある。そしてそれが終わると今度は、明確なテーマを決めるんだ。シンプルに表現しようと思えば思うほど、ひとつのイメージをつかんで、自然にそれがだんだんはっきりしたひとつの絵に変化していく。日々生活で目にする光景には、たくさんの感情がつまっているけど、それを深く追求しようとしない。例えば日常の小さな出来事や小さなモノの裏に隠されている悲しいストーリーとかね。僕はそのようなストーリーを見つけるのが好きなんだ。

あなた自身が共感を覚えるのは、どのような歌詞(アーティスト名でも可)ですか?
今は常にChristine Fellowsを聴いているよ。彼女の歌は素晴らしいね。「Vertebrae」という曲があるんだけど、個人的にはこれが完璧な歌だと思っている。Craig Finnも言うまでも無く最高だね。Smogというアーティスト名で活動しているBill Callahanも本当に素晴らしいリリシストだ。彼の歌詞は聴けば聴くほどどんどん見えてくる。そういうの好きなんだよね。Silver JewsのDavid Bermanも最高。僕は前述した三名(David BermanとBill CallahanとChristine Fellows)を足して割ったような結果を生み出したいと思っている。

もちろん作品ごとに取り上げるテーマは異なると思いますが、最新作『ゲット・ロンリー』に関して、アルバム全体を象徴するキー曲があるとしたら、どの曲になりますか? またどうしてその曲がキーであると言えるのでしょうか。
素晴らしい質問だね! 僕はいつもアルバムには中心核になる曲があると思っているんだ。アルバムは時々単なる曲の集まりになってしまうこともあるけど、アルバムの代表的な一曲を決めるのはいつも難題なんだ。『ゲット・ロンリー』に関して言うと、「Moon Over Goldsboro」、「Cobra Tattoo」、「Song for Lonely Giants」の3曲が集まってアルバムの中心核になっていると思う。強いて言うと「Song for Lonely Giants」が個人的に上手く両立した存在になっているかな。悲しい歌だけど、この悲しみはぼんやりした距離で経験されたものであり、ある人が自分の孤立感を自分自身で観察して、客観的にそこで見たものに対して悲しい気持ちになっているかのように。またフランク・ブルノが弾くピアノの部分がずば抜けてよく聴こえて、彼は本当にこの曲の感情をつかんでくれた。

本作は、あなた自身の体験や経験に基づいていると考えてよいのでしょうか? もしくは他に何かインスピレーションの源になった人や出来事があったのでしょうか? セルフ・ライナーノーツでの「Naming Day」の解説を読むと、自分ではない主人公を作り上げているようですが、しいて言うなら、彼とあなたはどんな関係にあるのでしょうか?
そうだけど、自叙伝ではない。内面から出てきたようなもの。ストーリーは想像上のものだけど、自分の中にあるリアルなものから生まれたもの。いつもある程度そうなんだけど、このアルバムに関しては本当の感情を探してそれをストーリやあるシーンに表現しているんだ。インスピレーションの源は、今まで自分が一緒に働いた人達、病気の子供達、絶望的な人々、看護士とカウンセラーをしていたときに会った人々など様々だ。この主人公はたぶん僕の一部だと思う。でも僕より過激な人。時々僕は「家に隠れている」と思うんだけど、実際隠れているわけではない。隠れているように感じるだけなんだ。「Naming Day」に出てくる人は孤独な感情が極端なんだ。ドアに近づいてくる人達を怖がり、電話にも出ず、メールも読まず。僕は実際そうじゃないけど、時々そう感じることがあるよ。。


たくさんの人がいる部屋にいても、孤独に感じることもある。
空っぽでよそ者っぽい感情を、詳しく追求してみたかったんだ。


歌詞を読みながら聴いていると、ディテイルが鮮明なせいか、とても映画的であるというか、頭の中でストーリーを映像化しやすい音楽のように思うのですが、あなた自身がそれを意識したことはありますか?
いつもいいストーリーを伝えようとしている。それが僕の一番のプライオリティで、ストーリーはどことなく生まれてくる。シンプルなストーリーの方が好きなので、時々あまり動きの無いストーリーになってしまうんだけど、僕はストーリーの詳細が鮮明に見えるようにするのが好きなんだ。例えばいろんな人の声や意見を生で聴こえるかのようにするために、僕は詳細をなるべく伝えるようにしている、登場人物の周りにある自然の環境だったり、ほら、木とか天気とかその周辺だとか。

あなた自身が最も「孤独」を感じるのは、どんな時ですか? またそんな時、あなたは「孤独」を楽しめる方、それとも「孤独」から脱することを考える方ですか?
ツアーではよく(孤独感を)感じるね。今現在マサチューセット州のノースハンプトンの部屋で独りなんだ。でも時々たくさんの人がいる部屋にいても、孤独に感じることもある。空っぽで、よそ者っぽい感情とか、これらの曲で詳しく追求してみたかったんだ。孤独はどこで終わるのか?いずれ終わるものなのか?それともそれはいつもどこかの中で隠れているものなのか?僕はどこかに常にあるものだと思う。

「孤独」が教えてくれること、「孤独」によってもたらされるものがあるとしたら、それは何だと思いますか
ちろんあるさ。孤独がない人生なんて未完結。孤独から学べることの主な点としては、それが役に立つことが限られていること。いずれかは抜け出さなければいけない洞窟にいるかのようにね。孤独が教えてくれることは日常生活に上手く訳せない(言い換えることができない)けど、全く違う時代、もしくは全く違う惑星にあるようなものなんだ。

前作「The Sunset Tree」では、自らの過去に触れていましたが、それをしようと決心するのは容易な事ではなかったと思うのですが、いかがでしたか?
自分の直感を信じるしかなかった。告白的なアルバムにはしたくなかったんだ。だってこういう懺悔歌みたいなのは、全部尊大に聴こえるじゃないか。でも曲を描いているときとりあえず流れにまかせてみたんだ。もし最悪な出来だったら自分で留めておけばいいと思ってた。でもピーター(・ヒューズ)に聴かせてたら、すごい気に入って誉めてくれて、僕達ふたりともこの作品は「正直」であると思った。ピーターにそのまま書きつづけるように薦められて、2004年の夏はずっと曲を書いていた。時々大変だったけど、自分にとっていつもと違ったスタイルで書いてみた。一番誠実で正直に聞こえるようにしなくてはならず、性格描写をしないように心がけた。いつもは性格描写をまず始めにしてから曲を書くんだけどね。

また、前作を完成させた時、あなたはどんな気持ちになりましたか? あの作品を完成させたことであなたの中に何かしらの変化はありましたか?
アルバムを1枚制作するにはすごい時間がかかる。曲作りとレコーディング、そしてそれが実際リリースされるまでの時間。僕は、世にその作品がリリースされないと作品が完成した感じがしないんだ。「Pale Green Things」のレコーディングは下剤作用があったというか、演奏しながら絶対その部屋で何かが起こったんだと思う。作品を完成させたことで変わった主なことは、他の人たちがそれぞれのストーリーを共有してくれたこと。このアルバムを聴くことによって自分達の個人的な問題を解決するのに役立ったとか。僕にとって他の人に役立つものを作ったということはとっても偉大なことだった。


また、前作を完成させた時、あなたはどんな気持ちになりましたか? あの作品を完成させたことであなたの中に何かしらの変化はありましたか?
アルバムを1枚制作するにはすごい時間がかかる。曲作りとレコーディング、そしてそれが実際リリースされるまでの時間。僕は、世にその作品がリリースされないと作品が完成した感じがしないんだ。「Pale Green Things」のレコーディングは下剤作用があったというか、演奏しながら絶対その部屋で何かが起こったんだと思う。作品を完成させたことで変わった主なことは、他の人たちがそれぞれのストーリーを共有してくれたこと。このアルバムを聴くことによって自分達の個人的な問題を解決するのに役立ったとか。僕にとって他の人に役立つものを作ったということはとっても偉大なことだった。

現在はノース・カロライナ州のダーラムにお住まいなんですよね? いつ頃、なぜ、ダーラムに移住したのですか?
僕は今までいろいろなところを転々としてきた。インディアナ州のブルーミントンで生まれ、カリフォルニアで育った。ポートランドはわずか18歳のころ1年しか住まなかったんだけど、個人的に大きな衝撃を受けた場所でもある。妻が生まれ育ったアイオワ州のダラムに引っ越してから3年が経つ。長い冬に疲れたんだ。ダラムは温かくて緑が多くて。

ノース・カロライナは南部に属する場所ですが、西海岸のメンタリティと南部のメンタリティの違いに戸惑うことなどは、ありませんでしたか?
西海岸で育った後、中西部に移ってアイオワで6〜7年住んだ。南部に移った時、思ったほど大きなショックは受けなかったけど、南部はよく耳にする評判よりちょっと違った。とても複雑な場所なんだ。毎日の生活のリズムは西海岸よりハードじゃないけど、大きな南部の町はロスやシカゴと変わらない早い生活のペースだったりする。各地域それぞれのヴァイブがあって、落ち着くまでちょっと時間がかかるんだけど、その地域になれて生活のペースをつかんでいくのも楽しみのひとつだったりするよ。


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ゲット・ロンリー/Get Lonely
『ゲット・ロンリー/マウンテン・ゴーツ』
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